脂肪肝(肝脂肪化)は、肝細胞内に過剰な脂肪(主にトリグリセリド)が蓄積する病態です。肝臓の重量の5%以上が脂肪で構成される状態と定義され、現代社会において最も一般的な肝疾患となっています。脂肪肝は大きく分けて、アルコール性脂肪肝(ALD: Alcoholic Liver Disease)と非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD: Non-alcoholic Fatty Liver Disease)に分類されます。本稿では、脂肪肝の病態生理、発症メカニズム、危険因子、および予防法について科学的エビデンスに基づいて解説します。
脂肪肝の病態生理
肝臓における脂質代謝の基本
肝臓は脂質代謝の中心的臓器であり、以下の機能を担っています。
- 食事由来の脂質の処理
- 末梢組織への脂質の分配(リポ蛋白質の合成・分泌)
- 脂肪酸の酸化(エネルギー産生)
- 過剰な炭水化物からの脂肪酸・トリグリセリド合成(de novo リポジェネシス)
脂肪肝は、これらの代謝経路のバランスが崩れた際に発生します。具体的には、以下の機序が関与しています。
- 肝臓への脂肪酸流入の増加
- 肝臓内での脂肪酸合成の亢進
- 脂肪酸酸化の低下
- 超低密度リポ蛋白質(VLDL)としての脂質排出の減少
脂肪肝の主な原因
アルコール性脂肪肝の発症機序
アルコール(エタノール)の過剰摂取は脂肪肝を引き起こす代表的要因です。アルコールが肝臓に与える影響は多岐にわたります。
アルコール代謝の直接的影響
- エタノールはアルコール脱水素酵素(ADH)によりアセトアルデヒドに、さらにアルデヒド脱水素酵素(ALDH)によりアセテートに代謝される
- この過程でNAD+がNADHに還元され、NAD+/NADH比が低下
- NAD+の不足により脂肪酸β酸化が抑制され、脂肪酸の蓄積が生じる
転写因子への影響
- ステロール調節エレメント結合タンパク質-1c(SREBP-1c)の活性化による脂肪酸合成の促進
- ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体α(PPARα)の抑制によるβ酸化の低下
ミトコンドリア機能障害
- アセトアルデヒドによる直接的な毒性
- 酸化ストレスの増大
- ミトコンドリアDNAの損傷
アディポカイン分泌異常
- アディポネクチンの減少
- TNF-αなど炎症性サイトカインの増加
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の発症機序
NAFLDは「マルチヒット仮説」で説明されることが多い複合的病態です。
アルコールは多くの人にとってパーティーの人生であると見なされていますが、問題のある飲み物でもあります。アルコールの身体への影響は、人が最初に一口飲んだ瞬間から始まります。一杯のワインは大きなダメージを与えないかもしれませんが、飲み過ぎは深[…]
一次的要因(脂肪蓄積)
- インスリン抵抗性の関与
- 脂肪組織でのリポリシス亢進→血中遊離脂肪酸の増加→肝臓への脂肪酸流入増加
- 高インスリン血症によるSREBP-1c活性化→肝臓での脂肪酸合成亢進
- インスリンシグナル伝達障害→肝糖新生抑制不全→高血糖→脂肪酸合成促進
- 食事要因
- 過剰な炭水化物摂取→de novo リポジェネシス亢進
- 高フルクトース食→肝臓での脂質合成促進
- トランス脂肪酸摂取→脂質代謝異常・インスリン抵抗性誘導
二次的要因(炎症・線維化進行)
- 酸化ストレス
- 過剰な脂肪酸によるミトコンドリア機能障害
- 活性酸素種(ROS)産生増加
- 抗酸化システムの破綻
- 腸内細菌叢の変化(dysbiosis)
- エンドトキシン(リポポリサッカライド:LPS)の血中濃度上昇
- 腸管バリア機能低下による細菌由来物質の門脈流入増加
- 肝臓でのToll様受容体(TLR)シグナル活性化→炎症惹起
- 遺伝的要因
- PNPLA3(パタチン様ホスホリパーゼドメイン含有タンパク質3)遺伝子多型
- TM6SF2(膜貫通6スーパーファミリーメンバー2)遺伝子変異
- MBOAT7(膜結合O-アシルトランスフェラーゼ7)遺伝子変異
トランス脂肪は食物脂肪の一種ですが、すべての脂肪の中でトランス脂肪はあなたの健康にとって最悪の油です。 良い脂質を摂れば機能的に優れた健康な細胞膜、健康なホルモンがつくられ、悪い脂質を摂れば、ホルモンも細胞膜も質が下がります[…]
その他の脂肪肝発症要因
薬剤性
- メトトレキサート
- アミオダロン
- タモキシフェン
- グルココルチコイド
- 一部の抗レトロウイルス薬
栄養障害
- 急速な体重減少
- 蛋白質・カロリー低栄養
- 絶食による脂肪酸動員増加
代謝性疾患
- ウィルソン病
- リソソーム蓄積症
- 先天性脂質代謝異常症
脂質異常症の概要 コレステロールはあなたの血中にあるワックス状の物質です。あなたの体は健康な細胞を作るためにコレステロールを必要としますが、高レベルのコレステロールは心臓病のリスクを高める可能性があります。 高[…]
脂肪肝のリスク因子
修正不能なリスク因子
- 年齢:加齢に伴いNAFLD有病率は上昇
- 性別:閉経前は女性より男性に多いが、閉経後は性差が縮小
- 遺伝的素因:前述のPNPLA3等の遺伝子多型
- 民族性:ヒスパニック系>白人>アフリカ系アメリカ人の順でNAFLD有病率が高い
修正可能なリスク因子
- 肥満:特に内臓脂肪型肥満
- インスリン抵抗性/2型糖尿病
- 脂質異常症:高トリグリセリド血症、低HDLコレステロール血症
- メタボリックシンドローム
- 過剰なアルコール摂取
- 運動不足
- 高フルクトース食
- ビタミンD欠乏
- 睡眠時無呼吸症候群
メタボリックシンドローム(MetS)は、心血管疾患やⅡ型糖尿病のリスクを著しく増加させる複数の健康状態の集合体です。現代社会において急速に増加しており、世界的な公衆衛生上の重大な課題となっています。 定義と診断基[…]
脂肪肝の予防戦略
食事療法
総カロリー管理
- 適正体重の維持・肥満者では5-10%の減量が目標
- 極端な低カロリー食は逆効果の可能性あり(急速な脂肪動員→肝脂肪化)
栄養素バランスの最適化
- 炭水化物
- 単純糖質(特に果糖)の制限
- 低GI食品・食物繊維の積極的摂取
- 脂質
- オメガ3系多価不飽和脂肪酸の摂取増加
- トランス脂肪酸・飽和脂肪酸の摂取制限
- 一価不飽和脂肪酸(オリーブオイル等)の適度な摂取
- タンパク質
- 適切な量の良質タンパク質摂取(体重1kgあたり1.2-1.5g程度)
- 植物性タンパク質の割合増加
低グリセミック(低GI)ダイエットは、グリセミック指数(GI)の概念に基づいています。 研究によると、低GI食は体重減少をもたらし、血糖値を下げ、心臓病や2型糖尿病のリスクを低下させる可能性があります。 しかし、食品のランク付[…]
推奨される食事パターン
- 地中海食
- オリーブオイルを主な脂質源とする
- 野菜・果物・豆類・ナッツ類の豊富な摂取
- 魚介類の定期的摂取と赤肉の制限
- 適度な赤ワイン摂取(アルコール性肝障害リスクのない場合)
- DASH食(Dietary Approaches to Stop Hypertension)
- ナトリウム制限
- 果物・野菜・全粒穀物の豊富な摂取
- 低脂肪乳製品の適度な摂取
健康上の利点で広く評価されているいわゆるダイエットがあるとすれば、それは地中海式ダイエットです。実際、US News&World Reportは、減量、心臓と脳の健康、癌の予防、糖尿病の予防と管理など、多くの健康上のメリットを挙げて、20[…]
運動療法
有酸素運動
- 週150-300分の中等度有酸素運動(速歩、水泳、サイクリング等)
- インスリン感受性改善効果
- 肝脂肪減少効果は食事療法と同等かそれ以上の報告あり
レジスタンス運動
- 週2回以上の筋力トレーニング
- 筋肉量増加→基礎代謝向上→脂肪燃焼促進
- インスリン抵抗性改善効果
複合トレーニング
- 有酸素運動とレジスタンス運動の組み合わせが最も効果的
- 脂肪減少・筋肉量増加・心肺機能向上の複合効果
アルコール摂取管理
- 適正飲酒量の遵守
- 男性:純アルコール20g/日以下(ビール中瓶1本程度)
- 女性:純アルコール10g/日以下(ビール小瓶1本程度)
- 休肝日の設定
- 週に2日以上の休肝日を設ける
- リスク者の完全断酒
- 既存の肝疾患がある場合
- 家族歴・遺伝的素因がある場合
- 薬物療法中の場合
アルコールは多くの人にとってパーティーの人生であると見なされていますが、問題のある飲み物でもあります。アルコールの身体への影響は、人が最初に一口飲んだ瞬間から始まります。一杯のワインは大きなダメージを与えないかもしれませんが、飲み過ぎは深[…]
薬物療法(ハイリスク群・早期病変者向け)
- インスリン抵抗性改善薬
- メトホルミン
- チアゾリジンジオン系薬(ピオグリタゾン)
- 抗酸化薬
- ビタミンE(非糖尿病NASH患者に有効性あり)
- GLP-1受容体作動薬
- リラグルチド、セマグルチド(体重減少効果を介した間接効果)
- FXR作動薬
- オベチコール酸(胆汁酸代謝調節→脂質代謝・炎症改善)
生活習慣の総合的改善
- 睡眠の質・量の確保
- 7-8時間の良質な睡眠
- 睡眠時無呼吸症候群の治療
- ストレス管理
- ストレスホルモン(コルチゾール)は脂質代謝に悪影響
- マインドフルネス、瞑想、ヨガ等の実践
- 禁煙
- 喫煙は酸化ストレス増大・炎症促進
腸内細菌叢の改善
- プレバイオティクス摂取
- 水溶性食物繊維(オリゴ糖、イヌリン等)
- プロバイオティクス摂取
- 乳酸菌・ビフィズス菌製剤
- 発酵食品(ヨーグルト、漬物、味噌等)
- シンバイオティクス
- プレバイオティクスとプロバイオティクスの組み合わせ
大腸には、「善玉菌」「悪玉菌」とそれらの優勢な方に変化する「日和見菌」が棲息しており、これらの黄金バランスは「善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7」と言われています。 大腸はビタミンなどの栄養素を生成したり、病原菌が棲みつくことを阻害した[…]
特別な集団への対応
小児・青少年
- 小児肥満の予防・管理が最優先
- 糖分の多い飲料摂取制限
- スクリーンタイム制限と身体活動促進
- 家族単位での生活習慣改善
妊婦
- 妊娠前の適正体重維持
- 妊娠糖尿病の予防・早期発見・適切管理
- 適度な体重増加の管理
- 適切な運動プログラムの実施
高齢者
- サルコペニア(筋肉減少症)予防
- タンパク質摂取の適正化
- 低強度でも継続可能な運動処方
- 多剤併用の見直し
結論
脂肪肝は現代社会において最も一般的な肝疾患であり、その予防と早期介入は公衆衛生上の重要課題です。肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、症状が現れにくいため、リスク因子を持つ人々は定期的な健康診断を受け、早期発見に努めることが重要です。
特に強調すべきは、脂肪肝の予防・改善において「特効薬」的アプローチは存在せず、食事・運動・生活習慣の総合的改善が不可欠であるという点です。医学的管理と並行して、患者自身による積極的な生活改善の取り組みが、脂肪肝の予防と進行抑制の鍵となります。
また、単なる脂肪肝から脂肪性肝炎・肝硬変・肝癌へと進行するリスク因子の特定と、個別化された介入戦略の開発が今後の研究課題として重要です。
不老長寿を追求することは、古代中国から現代に至るまで、東洋医学の重要なテーマの一つです。「不老長寿」は文字通り「老いることなく長く生きる」ことを意味します。ここでは、歴史的に不老長寿効果があるとされてきた代表的な10種類の漢方薬に[…]