- 少子高齢化が進み人口減少経済に入った日本は、「人手を介したサービスへの需要」が高まる一方で、労働市場の需給がひっ迫し、深刻な人手不足に陥っている。
- 日本経済が低迷しているのは労働生産性の問題ではなく、労働投入量(総労働時間数)の減少にある。
- 人手不足が賃金上昇圧力を強め、地方の中小企業では労働条件改善の経営改革が求められる。
- エッセンシャルワーカーの分野は、「生産性が上昇しないまま膨張」した状態になっている。
日本経済に起きている変化
深刻化する人手不足のなかで
近年、日本のような経済規模を持つ国家で、日本ほど持続的に人口が減少している例は類を見ません。人口減少が経済に与える影響は自明ではなく、この状況にある日本経済の将来像から学べることがあるでしょう。本書は、労働市場分析を専門とする著者の視点から、日本経済の現状を解明します。
人口減少が先行する地方都市では、少子高齢化と都市部への人口流出により、若年労働力が急激に減少しています。しかし予想に反し、サービス需要は堅調なため、労働市場は需給がひっ迫し、深刻な人手不足に直面しています。その結果、企業は収益性を犠牲にしてでも、単なる賃上げを超えた根本的な労働条件の改善に取り組まざるを得なくなっています。地方の労働人口は大都市圏の企業との労働条件を比較し、合理的な選択をするからです。
このような構造変化は、どのようなメカニズムで進行しているのでしょうか。本書ではまず、日本経済における「10の変化」について解説します。
天下りの実態 「天下り」とは、日本における公務員が退職後に民間企業や公益法人、特に自分が以前勤務していた省庁と関連の深い企業や団体に転職する現象を指します。これは日本の官民の関係や公務員制度において長らく問題視されてきた現象で、政治[…]
人口減少局面に入った日本

人口変数は最も正確に予測でき、かつ経済に最も強い影響力を持つ指標です。まず、この人口動態の変化について考察しましょう。
日本は2000年代後半から継続的に人口減少を経験していますが、その速度は国際的に見ても急速です。そのため、経済への影響も大きくなっています。人口減少は生産・消費の縮小要因となるだけでなく、高齢者人口比率の上昇と年齢構成の変化は、経済の需給バランスにも重大な影響を与えるでしょう。
高齢者の中でも、年齢層によって経済社会との関わり方は著しく異なります。特に顕著なのは就労能力です。2020年の総務省「国勢調査」によれば、60歳時点では74.3%の労働力率が、70歳では38.3%、80歳では12.8%、90歳になると3.3%まで低下します。労働の意思決定には保有資産、年金給付額、賃金水準などが影響しますが、健康状態が働ける基本条件となります。また、高齢になるほど医療・介護サービスの消費量が急増することは、消費構造の重要な特徴です。これは「年齢を重ねるごとに人的サービスへの需要が高まる」ことを意味します。
これから紹介するのは、このような人口減少経済への移行がもたらす変化です。
生産性は堅調、経済成長率は低迷
2010年以降の実質GDP成長率を先進6カ国で比較すると、日本は0.6%で最下位という「かなり悪いパフォーマンス」を示しています。しかし、日本の労働者の1時間当たりの労働生産性は、2010年から2021年までで年率0.9%とドイツ、米国に次ぐ水準です。つまり、日本経済が低迷している原因は労働生産性の問題ではなく、労働投入量(総労働時間数)の減少にあるといえます。
女性や高齢者の労働参加が急速に進み就業率は向上していますが、それでは労働人口の減少と労働時間の短時間化を補いきれていません。この傾向は継続的であり、「日本の経済成長率のさらなる鈍化は、もはや既定路線」と予測できます。
労働力減少の主な原因は少子化ですが、日本よりも早く出生率低下を経験したドイツやイタリアでは、その影響が比較的小さくなっています。これは主要先進国が移民の受け入れを積極的に行ってきたためです。外国生まれの人を移民とみなすと、日本では人口比率が約2%にとどまるのに対し、欧米先進国では10%を超える水準を維持しています。
移民は働き盛りの人口を増加させ、受け入れ国の経済規模拡大に大きく貢献してきました。しかし同時に、英国のEU離脱やトランプ大統領の就任に見られるように、移民受け入れの是非は重要な政治的論点となっています。かつて移民に寛容だった国々でも、政策転換を迫られる状況に直面しています。
自民党の腐敗政治については、長年の政権運営の中で汚職や不正、利権構造が繰り返されてきたことが指摘されています。以下、自民党の腐敗に関する主なポイントを挙げます。 自民党の長期政権と腐敗の温床 長期政権による権力[…]
賃金は上がりはじめている

国際比較においても、日本のように年収水準が長期的に上昇していない国はほとんど見られません。
ただし、本質的には「単位労働当たりの賃金、つまり時給」で考察するのが適切です。年収が2倍になっても年間労働時間も2倍になれば、時給は変わらないためです。時給の上昇は、経営層の利潤最大化と労働者の労働供給量の意思決定に影響を与えます。
厚生労働省「毎月勤労統計調査」と総務省「消費者物価指数」から導き出した労働者の実質時給水準は、1997年から2015年までほぼ横ばいでしたが、それ以降は上昇傾向が続いています。円安の影響で一時的に下降する場面があっても、短期的な現象と考えられます。
それでも年収が増加していないのは、年間総労働時間がここ10年で約100時間も大幅に減少しているからです。「より短い時間でそれなりの報酬を得たいという人が増えた」ことが要因と推測されます。
また、賃金(時給)上昇は主に飲食・宿泊業、建設業、運輸・郵便業といった現場仕事で起きており、大都市圏よりも地方都市、大企業よりも中小規模の事業所で顕著です。
地方や中小企業からは人口減少と少子高齢化で「とにかく人が採れない」という声がよく聞かれますが、これには「従来通りの賃金水準では人が採れなくなった」という実情が含まれています。人手不足が賃金上昇圧力を強め、地方の中小企業では労働条件改善のための経営改革が求められています。「人が安すぎた時代」は終わりを迎えつつあるのです。
急速に減少する労働時間
2000年から2022年にかけての日本の労働時間減少率は11.6%であり、米国やイタリア、ドイツなどと比較しても大幅な減少となっています。2019年の働き方改革関連法施行の影響もあり、特に若年男性でこの傾向が顕著です。新入社員の年収水準がこの20年間で変わっていないとしても、週労働時間が25%減少していれば、時給水準は実質的に25%上昇していることになります。
高収入を得るためには労働時間を延ばす必要がありますが、これは余暇時間とのトレード・オフとなります。現代の人々が余暇時間を重視していることは、日本生産性本部と日本経済青年協議会による「新入社員『働くことの意識』調査」にも表れています。「あなたは人並み以上に働きたいと思いますか」という質問に対し、「人並みで十分」と回答した割合は2000年の43%から2019年には64%へと増加しています。
長時間労働の是正は、時間外労働の割増賃金が削減されるため事業者側にもメリットがあります。残業時間の減少は従業員に短時間で成果を上げる必要性を生じさせ、「平均的な労働生産性の向上」につながります。現在ではフルタイムではなく短時間労働を希望する人の割合も増えており、企業側はタスクの細分化など業務プロセスの見直しを迫られています。こうして分解されたタスクを集約すると、AIなどによる代替・自動化も可能となり、社会全体の生産性向上につながっていくのです。
財政政策は国の経済を管理する上で重要な手段です。積極財政と緊縮財政という二つの対照的なアプローチには、それぞれ独自の理論的根拠、期待される効果、そして実際の結果があります。本記事では、これら二つの財政政策の本質、主要国での実施例、そして特[…]
膨張する医療・介護制度

2000年以降、製造業は日本経済の付加価値額増加に最も大きく貢献してきました。保健衛生産業も高齢化による医療・介護需要の高まりで、製造業に迫る増加幅を示しています。一方、総務省「労働力調査」によると、製造業の就業者数はこの20年で10.4%減少したのに対し、医療・福祉産業では約2倍に増加しています。この増加数は、同期間の全産業における就業者数の増加幅に匹敵します。
製造業では自動化の進展により生産性が向上し、それに伴って労働投入量が減少していることが明らかです。しかし保健衛生などの産業では、食事介助のようなプロセスが根本的に変化することは少なく、機械化による効率化が容易には進みません。これらエッセンシャルワーカーの分野は「生産性が上昇しないまま膨張」している状態です。
人口減少経済において、こうした業界が労働市場のスラック(需給の緩み)を埋めることはありません。限られた労働力を奪い合う時代では、業界を問わず「少ない人手で生産する業態への変容」が求められているのです。
日本は、量的金融緩和のつけ、新冷戦、日本の財政赤字などの要因から、本格的なインフレ時代を迎えつつある。 現金の価値が相対的に上がっていたデフレ時代とは異なり、インフレ時代においては現金の価値は目減りしていく。よって資産運用[…]
現場仕事のオートメーション化が鍵
効率化のすすむ医療分野
今後の日本の経済成長は、運輸や医療・介護などの労働集約型産業、いわゆるエッセンシャルワーカーの業務をいかに機械化・自動化できるかにかかっています。技術革新自体はもちろん、それを現場のビジネスにどれだけ適用できるかが重要です。本書では業界別に複数の取り組みを紹介していますが、医療・介護分野の事例を見てみましょう。
医療提供には多くの専門職が関わっていますが、例えば看護師の業務は患者の治療やケアを行う「臨床業務」と、事務処理などの「非臨床業務」に分類できます。
臨床業務は患者の治療に直接関わるため、本来業務として今後も人の手に委ねられる部分が多いでしょう。しかし、体温や血圧などの日々のバイタルチェックのような定型作業は、機械による代替が可能です。京都大学医学部附属病院では、ベッドサイドの専用端末に測定器をかざすだけで電子カルテに記録できるシステムを導入しています。非臨床業務に関しても、湘南鎌倉総合病院のように、自ら患者のもとへ移動して入退院や検査についての説明を行うロボットがすでに活躍している現場があります。
近年、日本は「超円安」とも呼ばれる歴史的な円安局面に直面しています。かつて1ドル=80円前後だった為替レートが、一時は150円を超える水準にまで変動し、日本経済と私たち一人ひとりの生活に大きな影響を与えています。本稿では、この超円[…]
人間による介助に集中するために

高齢になるほど要支援・要介護認定者の比率は加速度的に上昇します。それに伴い介護需要も高まり、介護現場では利用者2人に対して介護職員1人というマンパワーが必要とされています。高齢化が進む中、介護業務の効率化はどこまで可能でしょうか。
食事、入浴、排泄に関わる業務が6〜7割を占める「直接介助」は、介護職員の専門性が発揮される分野です。しかし、その中でも身体的・精神的負担の大きい作業を機械に任せることで、コミュニケーションや食事支援、衣服の着脱、排泄の誘導といった人の配慮が必要なタスクに集中できれば、介護現場も変化していくでしょう。配膳・下膳ロボットや介護用入浴機器の導入、排泄予測デバイスを活用して排泄介助や移乗介助の頻度を低減するなどの取り組みが進んでいます。
リハビリやレクリエーションなどの「間接介助」において大きな負担となっているのが見守り・巡回業務です。東京都大田区を中心に介護施設などを運営する善光会では、センサー付きマットレスなどを使用して睡眠の深さやベッドでの状態、バイタルを計測し、夜間のトイレ介助の回数を減らしています。このような詳細なデータ収集は、労働負荷の軽減だけでなく介護の質向上にも貢献しています。
まとめ
日本の人口減少が加速する中、労働市場の逼迫による賃金上昇が企業収益を圧迫し、高生産性を実現した企業への資本集中が進むでしょう。緩やかなインフレ環境下では、消費者は優先度の低いサービスを徐々に諦めていくことになります。例えば物流分野では、無料の再配達サービスが縮小されるだけでなく、一部地域では人件費の観点から各戸配達そのものが困難になる可能性があります。このような状況を背景に、外国人労働力の活用促進、デジタル技術を受容する社会づくり、地方自治体間の連携強化、需要が高まる医療・介護分野の効率化、そして少子化対策のさらなる国家的取り組みといった課題が重要性を増しています。
近年、日本は「超円安」とも呼ばれる歴史的な円安局面に直面しています。かつて1ドル=80円前後だった為替レートが、一時は150円を超える水準にまで変動し、日本経済と私たち一人ひとりの生活に大きな影響を与えています。本稿では、この超円[…]